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ファイナル・コンサートのリクエスト [コンサート・オーケストラのメモ]

 去年の年末の大フィル「第九シンフォニーの夕べ」で、こんなアンケートが配られていました。

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 なるほど!そう来たか(笑)と。
 大植英次音楽監督ファイナル・コンサートは3月31日(土)開催、当初は11月15日に曲目が発表される予定でしたが、事務局発表で『音楽監督の大植英次が公演内容に大変こだわりを持っており、ここに来てもう少し考えたいとの事です』ということで、発売が延期。

 その後大阪市長選挙とその後の大フィルを取り巻く情勢により、発表が見合わされてきました。一番要望が多かったというマーラーの9番は来年度の7月定期で、大植さんの指揮で演奏される事が決まり、改めてファンの要望を伺いたいとのこと。

 個人的には、監督のやりたい曲だったらなんでもいいのにね。と思いますが(笑)色々悩んで考えたところ、僕の出した結論は・・・

オール・R.シュトラウス・プログラム
交響詩『ドン・ファン』
交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』
交響詩『英雄の生涯』

アンコール(笑):ばらの騎士から、ワルツ

 ということで、送付しました。

 大植英次監督体制のオーケストラ・サウンドを満喫し、皆が愉しめる曲を選曲。僕の記憶では「ティル」って、まだやってませんでしたよね。大植さんに一番合うR/シュトラウス作品だと思うんです。
 最後はアンコールで、ワッハッハ!とワルツで締めくくる(去年の7月の興奮の再現を期待する気持もありますが)。ちょっと名曲ぞろいな気もしますが、まだまだ大植&大フィルの演奏は聴く機会があるでしょうし、シリアス路線はその時に堪能させて頂きましょう。


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2012年1月の注目コンサート  [コンサート鑑賞準備]

 年が新まって1月のエリアのコンサートのうち、興味があるものをピックアップしました。

1月9日(月・祝) レ・フレール PIANO SPATIAL
             17:00開演 岡山シンフォニーホール
  14日(土)  大原美術館ギャラリーコンサート コントラバス:池松宏
             18:30開演 大原美術館ギャラリー 

  15日(日)  牛窓シーサイドホール ニュー・イヤー・コンサート
            1回目:11時開演  2回目:14時開演 

  20日(金)  くらしき作陽大学第43回定期演奏会(東日本大震災犠牲者追悼演奏会)
            19:00開演 くらしき作陽大学藤花楽堂

  21日(土)  アンサンブル早島第12回定期演奏会
            18:30開演 倉敷市芸文館

  25日(水)  小澤征爾 指揮 水戸室内管弦楽団(第90回くらしきコンサート) 
            19:00開演 倉敷市民会館

  27日(金)  ウクライナ国立オデッサ歌劇場『トゥーランドット』
            19:00開演 岡山シンフォニーホール

 オデッサ歌劇場のチラシを見ると、何年か前にキエフ歌劇場が来た時と同じ女優さんが映ってるんだけれど気のせいか(笑)
 作陽音大はモーツァルトのレクイエムを演奏するようです。 

 そしてそして今月は何と言っても小澤征爾指揮水戸室内管弦楽団の倉敷公演でしょう!先行予約でも抽選になり、なんとか当選してくれました。
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 初詣でも小澤さんのご健康をお祈りしました。
 他の公演は、今月自分が試験勉強の時期に重なっているので、出撃回数は減りそうです。池松さんのコントラバス・リサイタルは聴きたいな・・・
※上記公演は自分が注目しているものだけを挙げていますので、ご留意ください。日時、会場の間違い等の可能性も(大いに)ありますので、主催者発表情報をご確認くださいね。

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大阪フィル 第九シンフォニーの夕べ 大植英次指揮 [コンサート感想]

大阪フィルハーモニー交響楽団 第九シンフォニーの夕べ

ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調「合唱付」

指揮:大植英次
ソプラノ:スザンネ・ベルンハート
アルト:カロリン・マズア
テノール:トーマス・クーリー
バリトン:アンドレアス・バウアー

合唱:大阪フィルハーモニー合唱団、大阪音楽大学合唱団

第九の前に、福原友裕さんの篠笛と弦楽による、バッハの管弦楽組曲第3番から「エール」(いわゆるG線上のアリア)が演奏された

12月30日 ザ・シンフォニーホール
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 2日目の公演に行ってきました。1日目の第九公演はNHKの特別番組「今日は1日 朝比奈隆三昧」の中で放送された生中継を聴く事が出来、尋常ならざる激的な演奏に呆然とすると共に、アンサンブルが崩壊寸前まで追い込まれていて、「一体これはどうしたことか・・・」と思っていましたが、2日目公演の会場に入って、納得。

 配置が今まで見た事がないものになっています。弦楽器はチェロがど真ん中でその後ろに(つまりは普通は木管陣が座っている位置)コントラバスがズラリと8本、ビオラがなんと左右に別れてチェロの両隣、その上手に第2ヴァイオリン、下手に第1ヴァイオリンという、完全なシンメトリックな対向配置。じゃあ木管・打楽器はどこへいくのか?というと、木管&ホルン&軍楽隊系パーカッションが下手奥の雛壇に、金管ティンパニが上手奥の雛壇に配置。この配置が威力を発揮したのは第4楽章だったと思います。

 この配置にした理由については、『大阪フィルの公式ブログ』に詳しいです。記録の少ないベートーヴェンの初演当時演奏形態について、ベートーヴェンの研究を行っていたメンデルスゾーンが、ゲヴァントハウスで採用していた配置、ということのようです。ドイツの名門:ハノーファー音楽大学の終身正教授で、ドイツ中の大学の文献にフリーパスで当たれる大植さんならではの凝った配置ですね。

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 この日は僕はクワイヤ席の下手側の端に座っていました(11月下旬の時点ではこういう席しか残っていなかった)ので、どうしても舞台上手の音は遅れて聴こえてくる上に、直接音と反響音も時間差で聞こえてきます。全体のバランスやアンサンブルの精度について云々できる席ではありませんが、オケにとっては相当に「合わせ辛い」配置であったことは間違いありません。僕の席からは丁度第2ヴァイオリンが真正面に見えるんですが、大植監督を見上げる首席奏者の田中さんが鬼の形相で、それはほとんど怒りにも近いものを感じました。他の奏者も、一筋縄では行かない大植さんの配置や解釈について、それに対する「受けて立とうじゃないの!」と、逆挑戦状を叩きつけるような感情と、大フィルのベートーヴェンの伝統を守ろうとするプライドに支えられ、とにかく異常なほどの集中力を感じました。

 本当にコンサートというものは、いろんな席で聴いてみないと解らないものです。大植さんと大阪フィルの渾然一体となった演奏が、もう殆ど闘争と言えるほどの激しいやりとりの末に生まれていたとは・・・。指揮者とオケが9年かかって築きあげた信頼関係あってこそ、の演奏なのは間違いありませんが、その信頼関係の深さは僕が思ってるような生易しいものではなく、ほとんど闘争といってよい営みから培われたものなのだということを感じました。音響的には問題のある席でしたが、この席に座ってよかった。異常というべき舞台上のテンションと極限の集中力が客席までも包み込み、歴史的演奏、といっても過言ではない第九となりました。

 第九に先立ち、福原友裕さんの篠笛と弦楽によるバッハのG線上のアリアが演奏されました。福原さんの篠笛の音が、弦楽器の西洋的な音程の世界から浮遊して、まるで死者の魂が会場の中を浮遊しているような感覚になりました。

 会場は補助席も含めて満員です!1階席の後ろの方には立ち見の方も十数人見えます。第一楽章は劇的ながら刻みを明確にした滑舌のよい音楽。そして、ここぞという場面で弦楽に大植さんがキューを出すと渾身のボウイングで応える。クワイヤ席のため全体は見渡せてないけど、前日の放送よりギュッと締まったサウンドに感じました。特に第1楽章最後の不気味な静けさからクライマックスに持って行くところがシビレましたね。先日聴いたコバケン&岡フィルの第九は悠然としたスケールの大きさを感じた第一楽章のラスト、しかし大フィルは同じ曲とは思えない対照的な音楽。前のめりで、一つ間違えばつんのめって倒れてしまうような、そんなハラハラ感を含んだスリリングな第一楽章でした。

 第2楽章は第1楽章とは対照的に、丁寧に進めてる感じ。凄く動きのある音楽なのにVnのシンコペーションと巻き舌調の木管の掛け合いが、ひたすら美しく感じる。ティンパニ連打も二発目以降に特徴ありましたね。今、愛聴している、このコンビでのブラ4のような夢のようなオーケストラ美学が見えました。
 クワイヤ席(舞台裏席)で聴いていると、近くの楽器の音がよく聴こえるためにプロの技と美音に酔い知れることが出来ます。ホルンの真綿のようなテクスチャーのあたたかい音、クラリネット、フルート、オーボエの脳を直接撫でられるような官能的な音色。それらが楽譜に書いているメモが見えるような位置で堪能できて幸せでした。

 第三楽章がそらもう、美し過ぎて…言葉になりません。木管の音色の刹那さ、ホルンの雄大さ、弦の天衣無縫の美しさ。夢のような20分。前日の放送では、一番いい場面でミスが出た池田さんのホルンも、この日は素晴らしい演奏で応えてくれた。奏者もこの楽章では、本当に安らかな表情で演奏しています。チェロ・ヴィオラの中音の弦が全体にスケール感を与えていました。

 合唱団は第3楽章終了時に入場しました。前日の放送ではここでスタジオにマイクが戻され(30秒以上無音だと放送事故扱いになるからだろうが)、なんとも興ざめな感じだったが、会場で体験してみると、これはこれでアリかな?と思えるんだから不思議なもの。それだけ会場の緊張感が保たれていた証拠だと思う。そして、合唱団が入った事によって、クワイヤ席での音響がいい方に変わった。人間の壁によって、直接音が少なくなり、ホールで鳴り響く間接音を聴く形になり、全体のバランスが聞き取りやすくなった。

 最終楽章は緩急自在にオケ、合唱、声楽が一体となり、一大大河のような演奏だった。大植さんの第九はフェスティバルホール最終年の演奏を聴いているが、その時の合唱団とは全く別次元の演奏だった。

 声楽はクワイヤ席で聴いてるのに凄い声量で、ドイツの方々なので当たり前なのだが発音が明確。本場の第九はかくや!というものを堪能させてもらった。例のオケの配置は楽章冒頭でまず威力を発揮…木管陣と低音弦が、まるでオペラのような見事な掛け合い。大植さんが取る「間」が絶妙で、歌の無いオペラのようだった。そして軍楽隊の所でも配置が威力を発揮した。
 下手側がトルコ行進曲のマーチを奏で、他の楽器へと波及していく。それを合唱が力強く包み込む。イスラムもキリストも、もっと言えば世界中の人々が「Bruder」(兄弟)であり、その兄弟たちが「Freude」(歓び)を謳いあげる!大植さんのこだわりの解釈が見事に昇華した瞬間に身震いしました。
 例の歓喜の歌の前の管弦楽のみで展開されるフーガも圧巻!すでに弓がブチブチに切れているコンマスの長原さんが中腰でオケを引っ張る!いい意味でオケに圧し掛かっていたフラストレーションを爆発させるかのように、各パートが力強いやり取りを繰り広げる。特に後ろ一列に配されたコントラバス群がステージそのものを震わせる。

 そして、その後の神々しい合唱と静かな管弦楽。ここは神が降りて来るような美しい時間だった。言葉に出来ないものがこみ上げ、第一楽章から繰り広げてきたドラマティックで対立的な音楽が、ここですべて解決していく・・・
 そしてそして、ラストの煽りもどんぴしゃで決めて(前日の放送では、ほとんど体勢を崩しながらなだれ込むような形だったが、この日は息がぴったり合っていた)、ここでも鳥肌が立ちました。

 ブラボーはやっぱりフライング、む~う・・・。でも終演後の会場の雰囲気が良くて立ち去り難かった…カーテンコールが鳴り止まずに、オケが退場した後に合唱団が去るときに拍手が起きたのが良かったですね。大植さんも出てこられて一般参賀。

 大植さんにとって、このベートーヴェンの9番は、本当に特別な曲のようです。御幣を恐れずにいえばマーラー9番やブルックナーの9番を演奏するのと同じテンションと準備で臨んだ渾身の演奏だったのだと思います(どういったこだわりがあったかは、音楽評論家:白石知雄さんのブログに詳しく解説されています)。

 これ以上無い最高の演奏で応えたオーケストラ、合唱団はこんな高水準な演奏聴いた事が無いと思うようなパフォーマンス、声楽はさすがに大植さんが本場で関係を築いた方々だけに、声量の豊かさだけにとどまらず、合唱やオケとの見事なハーモニーを繰り広げていました。コバケン&岡フィルの岡山演奏史上に残る最高の演奏に加えて、この大フィルの前代未聞にして空前絶後の演奏を聴いて、自分の中で2011年の幕を下ろすことができました。音楽は偉大だ!
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今年もよろしくお願いします [日記・雑感]

年が明けました。今年もこの天井桟敷のつぶやきを、よろしくお願いします。

帰省中のため携帯からの更新です。皆さんのブログにもご挨拶に行けないですが、ご容赦を、落ち着いたら大植&大フィルの第九の感想から更新します!

今年のコンサート鑑賞をデータから振り返る [コンサート鑑賞準備]

 今年は例年より忘年会が多くて、ヘロヘロになっておりますが・・・、出勤日も実質あと4日ということになりましたので、ホッと一息ついているところです。

 少し早いですが、年末まで更新は余り出来なさそうなので、今年の振りかえりをしておきます。去年やってみた「データ」を見てみる方法が結構面白かったんで、今年もやってみようと思います。

 今年のコンサートに行った回数は23回。チケット代総額は71,820円、1回あたり平均3,122円でした。
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◎ジャンル別
 オーケストラ:16回   オペラ:3回
 器楽ソロ:8回(ピアノ:3回、ヴァイオリン:2回、ホルン:1回、ハープ:1回、フルート:1回)
 室内楽:2回   ジャズ、その他:2回

 昨年度は、オケ:14、室内楽:2、ピアノソロ2、声楽1、でしたから、今年はかなりバランスが良くなったかな?

◎オーケストラの楽団別
 大阪フィルハーモニー交響楽団:5回
 岡山フィルハーモニック管弦楽団:3回
 岡山大学交響楽団:2回
 以下、1回・・・広島交響楽団、大阪交響楽団、倉敷アカデミー管弦楽団、岡響、保科アカデミー管、京大響

 昨年度は岡山フィル4、大フィル3、関フィル・広響・カンマーひろしま各1、外来オケ3、アマオケ3でした。今年は外来オケがゼロの年になりました・・・
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◎指揮者別
 大植英次:3回 保科洋:2回
 以下、1回(おもな指揮者のみ)・・・飯守泰次郎、広上淳一、延原武春、下野達也、ジョシュア・タン、小松長生、山上淳司、ほか

 今年は小松長生さんの演奏との出会いが、一番の収穫だった。1月~2月に聴いた飯守御大と広上さんの印象が全然色あせていないのは、さすがの貫禄です。
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◎コンサートホール別
 岡山シンフォニーホール:10回
 ザ・シンフォニーホール:3回
 福山リーデンローズ:2回
 以下、1回・・・いずみホール、兵庫芸術文化センター大ホール、倉敷市芸文館、津山市文化センター、赤穂市ハーモニーホール、ゆるびの舎、牛窓シーサイドホール

 ※昨年度は岡山シンフォニーH:7、倉敷市民会館:3、ザ・シンフォニーホール:3、福山リーデンローズ:2、倉敷市芸文館・ゆるびの舎・ルネスHは1回づつ。

 今年は赤穂市ハーモニーホールに初めて行きました。ルネスと倉敷市民会館は1回づつしか行ってなかったんやなあ。これは自分でも意外。岡山シンフォニーについては言わずもがな・・・、もうヌシ見たいなもんです(笑)
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 来年度も地元のコンサートを中心に、今年並みの月2回ぐらい行ければいいなあ。


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NHK-FM 今日は一日 朝比奈隆三昧 12月29日放送予定 [クラシック音盤感想]

 12月29日は、朝比奈隆先生が亡くなられて10年ということで、NHK-FMが粋な企画をやってくれます。

  NHK-FM 今日は一日 朝比奈隆三昧

 午前10時から午後9時まで朝比奈隆先生の音源が流れ続けます。こりゃあすげえですな。で、この番組、リクエストも受け付けてるんです。

 そして、なあああんと!19時からは、ザ・シンフォニーホールで行われる、大植英次指揮 大阪フィルの「第九シンフォニーの夕べ」が生中継される!
 自分は30日に聴きに行くんですが、放送も含めて2日連続で聴くことが出来ます(忘年会が入っても、断るぞ!)。

 何をリクエストしようかなあ・・・と悩んでいるんですが、やっぱり外せないのは聖フローリアンでのブルックナー7番でしょうね。相当な数のリクエストが来ると思います。大フィルを取り巻く状況が、今、あの状態なので・・・、これを聴くと泣いてしまうかもしれません・・・

ブルックナー:交響曲第7番

ブルックナー:交響曲第7番

  • アーティスト: 大阪フィルハーモニー交響楽団,ブルックナー,朝比奈隆
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 1987/08/21
  • メディア: CD

 そして、今年は東北・関東地方で大変な大災害があり、原発事故にずっと悩まされています。そんな年の締めくくりとして、この演奏も放送を通じて多くのリスナーと一緒に聴いてみたい。

シューベルト:交響曲第9番 「グレイト」

シューベルト:交響曲第9番 「グレイト」

  • アーティスト: シューベルト,朝比奈隆,東京都交響楽団
  • 出版社/メーカー: フォンテック
  • 発売日: 2008/10/21
  • メディア: CD

シューベルト 交響曲第9番『ザ・グレイト』 朝比奈隆指揮 都響(1995年ライブ)

 実は、今も聴いています。1995年1月22日の都響とのライブ録音。あの阪神淡路大震災の5日後のコンサートでの収録です。神戸市灘区の朝比奈御大の自宅も大変な被害に遭われたにも関わらず、86歳の高齢をおして翌18日には一旦大阪に入り、19日には上京。20日のリハーサルに間に合ったという・・・

 心配する周囲に「私は前の地震(関東大震災)も知ってるからね」と豪語したと言うように、このザ・グレイトの演奏も、朝比奈御大の包容力を感じさせる圧倒的な雄大さに満ち溢れた演奏になっています。 第1楽章のホルンからただならぬ雰囲気が出ており、そこから第一主題に入る場面では、演奏者の思いがひしひしと伝わってくる、怒濤の演奏が始まります。

 この日に行われたコンサートは、前半は「未完成」を演奏されたとのことで、その演奏は未聴なんですが(これもリクエストしたいところですが)、 このザ・グレイトは6000人以上の死者を出した、大災害の被災地に、ついさっきまで居たマエストロが指揮しているとは思えない。ポジティブで前向きな演奏に感じます。聴いていると体が乗って踊りだしたくなる気さえするんです(僕、おかしい?)。

 とりあえず前を向いて、年を越そう、来年を迎えよう、という人々に、物凄い力を与えてくれる、そんな演奏のように思います。


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岡山市芸術祭 ベートーヴェン「第九」 コバケン&岡山フィル [コンサート感想]

岡山シンフォニーホール開館20周年記念 第49回岡山市芸術祭
ベートーヴェン『第九』

ベートーヴェン/交響曲第9番「合唱付」
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指揮:小林研一郎
管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団
合唱団:岡山シンフォニーホール第九合唱団
合唱指揮:岩城拓也
ゲストコンサートマスター:大谷康子

ソプラノ:増田のり子   アルト:小林久美子
テノール:高橋 淳    バリトン:荻原 潤

12月11日(日) 岡山シンフォニーホール
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 大入り満員の中で、大変な演奏が繰り広げられました。第1楽章から壮大な宇宙が出現し、第2楽章では、楽員さんが汗を飛ばしながらの熱演。第3楽章の涙無しでは聴けない、安寧の救いの音楽。そして、230人以上の合唱団の一体となった最終楽章、会場が大きな興奮の渦に包まれる。コバケンが指を差す向こうがわに、ベートーヴェンの思い描いた壮大な宇宙が見えました。

 今まで自分が岡山で聴いた『第九』の中で、一番の感動をもたらせてくれました。最後は鳴り止まない拍手に、マエストロ小林が挨拶をして完売御礼超満員のお客さんたちが、ようやく名残惜しそうに帰路に付きました。僕自身、ずっと心に残る第九になりそうです。

 まだ、興奮に包まれていて、更新できそうにありません。というより文章にする事に何の意味があるだろうか?という感じで・・・

 でも、たいへん興味深かったプレトークもあって、書き残して置きたいことは沢山あります。落ち着いたら更新しようと思います。

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(12月17日追記)

 今週は忘年会やら仕事の事やらで、まったくブログには手が付かず、あれから1週間も経ってしまいました。

 案の定、コバケンさの興味深いプレ・トークについては、内容が一部頭から飛んでしまいましたが、
この日のあの凄い演奏は、全く色あせる事はありません。

 この第九公演、11月中旬には完売だったそう。もちろん小林研一郎が来る!ということもあるけれど、色々とあった今年、やっぱり締め括りとして第九を聴きたいと思ったこともあるんじゃないでしょうか?そして、ここ数回の岡フィルの公演は演奏もプログラムも非常に充実していて、お客さんが戻って来ているというのもあったと思う。

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↑ホールのロビーからの風景

 さて、どこまで思い出せるか・・プレトークです。

 元々主催者側の意図としては、ベートーヴェンの序曲を持ってくるつもりだったそうだ。(去年はエグモント、やってましたよね)、でもコバケンさんとしては第9に集中したい、主催者は遅れてくる人のために序曲を差し込みたい!ならば・・・ということでコバケンさんがプレトークを買って出てくださったそうです。コバケンさんは「僕が『犠牲』になりましょう」という言い方をされてましたが(笑)

 内容は、まずゲーテとベートーヴェンが出会ったときの話。貴族の馬車が通った時にゲーテは貴族に対して礼節を取った。一方でベートーヴェンは「貴族なんてなんぼのもんじゃい」と貴族にひれ伏すことをしなかった。その時から2人の間に溝が出来た。
 この有名なエピソードから話しがどんどんと転回!メンデルスゾーンが出てきたときには、コンサートミストレスの大谷康子さんにヴァイオリン協奏曲を弾いてもらい、バッハに話が移ったときはシャコンヌを、ヴィヴァルディは「春」モーツァルトはヴァイオリン協奏曲の5番、これ全部大谷さんは無伴奏で弾いたんです!

 何気に全部無伴奏で、しかもコバケンさんが誰のどの曲を振るのかは、なんかその場で思いつきで決めてるっぽいんですが(さすがにそれは無いか・・)、流石です。大谷さんのソロが聴けて、めちゃめちゃラッキーでした。

 次にベートーヴェンのダヴィンチ・コード的な謎解きのお話し。ここの部分、自分の記憶があいまいなんですよね。

 ベートーヴェンの交響曲の調性について。1番がハ長調、2番がニ長調、3番が変ホ長調、4番は変ロ長調、5番はハ短調、6番がヘ長調、7番がイ長調、8番がヘ長調、9番がニ短調。コバケンさんは「7番まで1週して、8番で原点に戻った。そして9番は2番で一瞬だけ使った旋律を、主題に取り入れて発展させている」と仰ったのだが、詳細は自分の記憶ではおぼろげになっている・・・
 確かに、交響曲第2番を聴いていると、第九の第1楽章の主題が突然出てくるので、ギョットするんですよね。やっぱりベートーヴェンは意図的に使ってるんですね。

 他にも、ベートーヴェンの交響曲のメロディーは非常に単純なものばかり(とピアノを弾きながら・・・)でも、建物を建築するように音を組み合わせて、唯一無為の音楽を作っている。メロディーとしては、第5番いわゆる『運命』の「ダダダダーン」の主題は、形を変えて第九にも同じ並びのメロディーが出てくる。そして、この第3楽章の主題は、歓喜の歌の音階を組み替えたものではないか?とコバケンさんは推理している、というもの。

 このお話しを聴いてから、第九を聴くと、特に第3楽章は色んな美しいメロディーが出てくるんですが、どれもこれも歓喜の歌のメロディーの断片として聴こえてきました。「ほおぉぉぉぉ~」と思いながら聴いてしまいましたね。 

 さて、演奏が始まります。チケットは完売でお客さんは超満員(の割には3階のサイドに空席エリアがありましたが・・・)、このホールはお客さんがギッシリ詰まった状態が最も音響がいいんです。アマオケさんの公演などで3階席を解放しないことがありますが、空席の空間に音が反響しすぎてエコーがかかったようになることがあるんですね。

 始めのトレモロから、何かが起こりそうな雰囲気でした。コバケンさんの指揮は間を大切にします。僕の好きな大植さんも間を重視する指揮者ですが、大植さんの「間」は時間を止めてしまって、スクリーンショットを鮮明に見せる感じですが、コバケンさんの出す「間」は、何かが爆発する前にギュッと質量が凝縮する感じ。なので、間が重く(時間的に長い、とかでは無く)なるほど、爆発の規模がでかくなる。

 第1楽章の最初の間と、最後の間は、その後に主題のトッティーが出てくる、という面では同じ「間」なのだが、内容は全然違う最後の「間」は空気がグッと重くなる感じがある。ここの部分はNHKのディープ・ピープル「スーパー指揮者」でもやっていたので、やっぱり生で聴くと凄いな、と思いました。

 オーケストラの方も、ちょっと尋常ではない集中力で、第1楽章から本当に見事な演奏。テンポは、うん、どうなんでしょう、多分最近のトレンドからいくと遅めだったかも知れませんが、内容が詰まっているので、感覚的には悠然と歩を進めつつもあっという間に終わってしまう感じがしました。

 第2楽章に入る前に、アクシデント。詳細は犯人探しになるので、書くのをやめましょう。コバケンさんが「名乗り出てくださいませんか?」と指揮者からの異例の確認作業。確かに第1楽章から確かに「鳴ってるな」とは思っていましたが・・・、僕は原因を作ったご本人を責める気にはなれません。。ここら辺、日本の高い技術力でなんとかならないものかなあ。全ての人が気兼ねなく、生演奏を楽しむために。
  
 そのアクシデントは多分第3楽章の途中までずっと続いていましたが、僕は全然気にならなかった。同じ事が4,5年前のミュンヘン・フィルの公演や、2年前のバイエルン放送響の倉敷公演でも起こった事がありましたが、この日は演奏の密度が濃いからか?自分の体調も良かったのか?

 結果的にしばらく間が入ってからの演奏でしたが、あっけに取られている客席を一気に引き込む見事な出だし。プロだから当然とはいえ、結果的にこのアクシデントが、この日のステージの集中力の高さを実証した感じ。提示部の繰り返しが無く、どんどん場面が移っていく。
 オーケストラはコバケンさんの情熱が乗り移ったようにメラメラと燃えるような演奏になった。特にチェロのトップのインの男性奏者の燃え方は尋常ではなかったなあ。ティンパニの渡邉さんが、コバケンさんのタクトに当意即妙に答える感じで、もうこれが爽快!ステージ上が一体となって、生き物のように踊る!

 声楽の4名が入場して、少し間を取っての第3楽章。この日のハイライトはやはり第4楽章ですが、僕が一番心が震えたのは、この第3楽章でした。
 僕はコバケンさんを誤解していたんですが、コバケンさんの音楽の本質は、実は自分色に染め上げていく、というものではなくて、そのオーケストラの一番の旨みを生かして、生命力を吹き込むのだということが解ったからです。

 この楽章で僕は『岡フィルの音』を聴いたんです。透明感があってやわらかくて音色は明るく、暖かい。3月の春分の日あたりの天気のいい日に、王子が岳の山頂の岩の上で波間が煌く瀬戸内海を眺めている・・・、そんな穏やかなひと時を過ごしているような気分になりました。
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 それは僕の思い込みであるかも知れません。しかし、オーケストラの音にその土地の気候風土が反映されるのは間違いないと思う。札幌交響楽団や山形交響楽団が、北国の風を運んでくる感じが間違いなくするのと同様に、岡フィルの音から瀬戸内の温暖な気候を連想するのは、先入観だけではないと思う。
 そういう岡フィルの美点、特徴を見事に引き出し、ベートーヴェンのサウンドの中に取りこんでしまった小林研一郎は、やはり稀代のマエストロです。

 第4楽章は、指揮・オーケストラ・合唱、全てが高い次元で結合した、素晴らしい音楽となった。コバケンさんのタクトは、弦に深いボウイングをさせたり、ティンパニの打撃をドラマティックに変化させたり、と特徴的な解釈も多分にありました。
 特にオーケストラだけで歓喜の歌を奏で始めるタイミングで合唱団を起立させたのは、視覚的にもあっと驚かされた(通常のタイミングよりかなり早く)。しかし、全体的には『王道』の演奏で、非常に歯応えのある第九だった。
 合唱が入った後は、スケールの大きい音楽が転回し、それは広大な宇宙を思わせるものでした。行進曲調の場面の直前、合唱のハーモニーが短調になるところで、あまりの壮大な響きに鳥肌が経ちました。声楽陣も見事で4名とも気持ちが入った声を客席に届けてくれた。特にテノールの高橋淳さんの歌唱には、今まで聞いた第九では感じなかった雄弁さを感じました。
 楽章の終盤では、どこまでも広大なスケールの大きな中に穏やかな波紋が広がっていく感じで、安寧とやさしさに満ち溢れる音楽。女声合唱が惚れ惚れするハーモニーを奏でていました。

 曲が終わると同時に、万雷の拍手。ステージ上も客席も大きな満足感と幸福感に包まれていました。鳴り止まない拍手に応えたカーテンコールの最後にコバケンさんがひとこと挨拶をして、盛大な喝采。客席が明るくなっても拍手が鳴り止まず、最後はステージ上で奏者の皆さんが手を振ってくれました。ステージと客席が文字通り一体となった、素晴らしい第九公演となりました。


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どうなる!?大阪フィル・・・ [コンサート・オーケストラのメモ]

 先日の大阪市長選挙の結果、橋下徹前府知事の市長当選が決まり、その後、19日の就任に向けて様々な動きが報じられてくるにつれて、やはり大フィルを含めた補助金交付団体へ厳しい姿勢で臨む事が報じられています。




『橋下新市長VSしがらみ補助金、広がる波紋』(読売新聞 12月1日掲載)

「19日に就任する大阪市の橋下徹・新市長が初当選直後に「意味のわからない補助金は徹底的に見直す」と宣言したことが波紋を広げている。市が地域団体や、市と事業のつながりが深い関連団体に支出している予算は今年度、委託料1013億7300万円、交付金333億8300万円、補助金639億6600万円の総額1987億2200万円に上る。

 ( 中 略 )

 指揮者の朝比奈隆氏(故人)が中心となって設立した大阪フィルハーモニー交響楽団を運営する社団法人「大阪フィルハーモニー協会」(西成区)には今年度、1億1000万円の運営補助金を支出。橋下氏は知事時代、同協会に対する府の補助金6300万円をカットした経緯があり、大阪維新の会幹部は「同様に切り込む可能性が高い」と語る。

 協会側は「市の補助金をもらってやっと収支はトントン。カットはないと信じているが……」と不安を漏らしている。

 


 この記事を見た時、僕が「これはまずい」と危機感を覚えたのは、大フィルが、橋下VS既得権益の構図の既得権益側のシンボルに祭り上げられる事、そうなってしまうと橋下&維新の会にたとえその気が無くても、マスコミはこういう構図に無理やり持って行こうとするし、そうなると事態の収拾のためには『白か黒か』を無理やりはめ込む流れになり、お互いに引くに引けない事態に陥る。それを恐れました。

 そんな中で大フィルの事務局側からアクションがありました。

 大阪フィルのブログ:私たちはこう考えています(2011年12月6日のエントリー)


 「大阪市補助金を巡る報道と大阪フィルの考え方につきまして」                                                                  
 いつも大阪フィルへのご愛顧ご支援を賜り、誠に有難く厚くお礼申し上げます。

 ご承知のとおり、大阪市・橋下新市長の「補助金の徹底的な見直し」の方針に関し、新聞各紙、テレビ局から私ども大阪フィルへの取材が相次いでおりまして、大阪市から助成いただいております運営補助金1億1,000万円が削減される「可能性」等につきまして、いろいろな報道がなされております。
一部の会員の皆さま、大フィルファンの皆さまからのお問い合わせも多数いただいておりますので、この問題に関しまして、マスコミ各社さまにお話いたしました内容も含めまして、私ども大阪フィルの現時点での状況と考え方につきまして、ご報告させていただきます。
  
 まず大阪市さまからの補助金の削減の「可能性」ですが、私どもとしましては、補助金継続の必要性をこれから大阪市さまに対し訴えかけてゆきます。 今までも補助金1億1,000万円は決して「保証」されているものではなく、毎年、翌年度の事業計画と収支予算をもとに収支不足分の一部について助成申請させていただき、大阪市さまの方で様々な観点からご検討いただいて補助金額を決定いただいてきたものと考えております。新市長のもとでこれから新しい考え方のもとに文化振興に関する予算配分が決定されるものと考えておりますが、私どもとしましては、大阪フィルが大阪の文化振興への貢献、大阪の活性化、魅力ある都市大阪の成長にどのような貢献をし、今後それを事業活動を通じてどのように展開してゆきたいかを大阪市さまにご説明し、必要な補助金額を決定いただくようお願いしてまいりたいと考えております。

 次に、マスコミ等で報道されております「3年前の大阪府さまの補助金全額カット後の現状」でございますが、増収努力と諸経費削減を中心とした経営の健全化努力により、何とか演奏活動の品質低下への影響を回避するよう精一杯努力して参った、という点をご理解いただきたいと思います。 もちろん、「増収努力と諸経費削減」と一言で申しましても、チケット料金の500円値上げ、一部の会員さまへの会費増額ご支援のお願い、新規の公演の受注拡大に向けた営業活動、ブログやツイッター等を活用した地道な広報活動の展開ほか、楽団員・事務職員の給与の見直し、公演諸経費の徹底的な見直し等々、いろいろな方々にもご迷惑をおかけしながらも何とか収支の健全化にご理解をいただき、今日の大阪のフィルの活動が維持できている、という状況でございます。
私はマスコミ各社からのご質問に対し、「オーケストラは概ね事業収入が5割、公的助成が2~3割」といったお話をしておりますが、公的助成がなければ健全な経営が困難である現状は認識しつつも、できるだけ事業収入の比率を少しでも上げてゆけるよう今後とも営業努力は続けて参る所存でございます。

 最後に、マスコミ各社さまから必ずご質問を受ける「もし大阪市の補助金がなくなったらどうなるか」という点ですが、先に申し述べましたように、現時点では「そうならないよう知恵を絞って頑張りたい」ということに尽きるかと思います。 大阪フィルの価値、あるいは文化芸術のなかでのクラシック音楽の価値自体、皆さまにはいろいろなお考えがあるかと思います。ただ、私どもは大阪を代表する老舗の交響楽団として、朝比奈隆が長年にわたって築いてきた世界に発信できる強烈な音楽性、それを継承した大植英次が育んできた市民との融合性は、大フィルの「強み」として、自信をもって大阪の文化振興、大阪の活性化と成長に貢献できるものと考えております。

 今後の大阪の成長戦略に、文化芸術の分野で確実に貢献できるスキルとノウハウを備えている、ということを大阪市さまにご理解いただけるよう精一杯頑張ってまいりたいと考えております。
 このブログをご覧の皆さまにおかれましても、私どもの考え方につきましてご理解いただき、今後とも引き続き、ご愛顧ご支援賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

平成23年12月6日    
常務理事 佐々木楠雄

 



 流石に民間オーケストラとして60年以上の歴史を持つ楽団。その文章での回答は、独立楽団としての誇りと強い思い、決意を感じさせるとともに、自治体からの補助金に対する考え方も筋の通ったものでした。

 まず、市からの補助金について、事業計画と収支予算をもとに補助金の申請をして、市当局や市議会の審査を経て補助してもらっている事を強調。決して楽団側の認識として、毎年当然のように支払われる『既得権』だとは認識していない事を表明している。

 次に橋下府知事時代の大阪府からの補助金全廃後の経営努力についても触れられている。そして、聴衆やオケを支える会員に負担増を求め、既に「受益者負担」を行った経緯を強調。

 最後に『文化芸術のなかでのクラシック音楽の価値自体、皆さまにはいろいろなお考えがあるかと思います』と、クラシック音楽サークルの外への視点を意識し、『今後の大阪の成長戦略に、文化芸術の分野で確実に貢献できるスキルとノウハウを備えている』として、力強く宣言している点。

 大阪フィルの「考え方」は、税金から賄われている補助金に対して、あるいはそれを負担している一般市民の感覚に、最大限思いを致していて、また、維新の会&橋下氏と大フィルの間に、『都市としての大阪への貢献』という、歩み寄り可能な土俵を設定しようとしたものと受け止められます

 しかし、一方でここ数日のうちに自体は一層悪化しているように思います。


 『大フィル、ピンチ!橋下氏、文化団体補助金の全額カット含む大幅見直し指示』(産経新聞 12月8日掲載)

 橋下徹・次期大阪市長が、大阪フィルハーモニー交響楽団(大フィル)や文楽協会などの文化団体に対する市の補助金について、全額カットも含めた大幅見直しを指示したことが7日、分かった。橋下氏は大阪府知事当時も府の同種補助金を打ち切っており、大フィルは、楽団の存亡にかかわる相次ぐ補助金カットの危機に「継続を訴える」と反発している。

 関係者によると、橋下氏は7日の市ゆとりとみどり振興局との協議で、知事だった平成21年度以降、大フィルへの府の補助金(年約6300万円)を全額打ち切ったことに触れ、市でも大幅な見直しを行うよう指示したという。

 市は、文化団体への運営費や活動費の補助として、今年度は大フィルに約1億1千万円、文楽協会に約5200万円を拠出。このほか、小規模劇団や音楽グループが市内の施設で有料イベントを開く場合、会場費などとして1団体あたり原則20万円助成しており、昨年度は計約1600万円を拠出した。こうした補助金が今後、見直しの対象となる。

 これに対し、団体側の危機感は大きい。大フィルは「公的助成がなければ健全な経営は困難」などとして、ブログなどを通じて補助金継続の必要性を強く主張している。

 21年度に府の補助金を打ち切られ、その後は市の補助金で細々と運営。現在はチケット料金の値上げや一部会員への会費増額、新規公演の営業活動強化などに取り組んでいる。しかし、事業収入が全体の5割なのに対し、公的助成は2~3割を占めており、補助金削減は致命的な打撃となりかねない。

 大フィルの佐々木楠雄常務理事は「大阪の成長戦略に、文化芸術の分野で確実に貢献できるスキルとノウハウを備えている。事業収入の比率を少しでも上げるよう営業努力は続ける」とし、補助金継続への理解を求める一方、今回の大幅見直し指示を受けて「来年度の補助金について早急に市側と話をしないと」と危機感をつのらせている。




 僕は大阪の人間ではありませんが、大フィルのファンであり、大フィルの歴史と音楽性に深く敬意を表する者です。その大フィルが消滅の危機に瀕している状況に、本当に心を痛めています(誇張ではなく夜も眠れない心境です)。

 橋下氏の偏った考え方や、有無を言わせぬ一方的なやり方にも憤りを覚えますし、ここで書きたいことも山ほどある・・・、しかし、ここでファンが橋下新市長に対して『文化・芸術を破壊する独裁者』とか『芸術に対する理解のなさに、彼の知性を疑う』などとレッテルを貼って攻撃したところで、彼は痛くも痒くもない。むしろそれを勲章ぐらいに思うことでしょう。
 そして、何よりもこうなることが解っていながら、投票者の2/3近い市民が彼に投票したのです。そのことは非常に重い。クラシック関係者やファンのサークルから離れたところに居る市民が、この事態をどうとらえるのか?どういった意見がマジョリティになるのか?それが事態を決してしまう。

 3年前の大阪センチュリー交響楽団の時は、『文化・芸術を守れ!』と、各界の文化人や学識経験者が声を上げ、のべ10万人と言う大規模な署名活動が展開された。しかし、オーケストラ文化に馴染みのない一般府民からは、「自分たちは文化・芸術の担い手なのだから補助して貰って当然、という姿勢はどうなのか?」などという疑問も呈されるなど、全府民的な運動には発展せず、最終的には財団法人の積立金の残額を手土産に持たされ、大阪府からは切り離されてしまいました。

 橋下氏は大阪維新の会という強力な地方政党を組織し、選挙では破竹の連戦連勝・・・、正直、3年前よりは状況が厳しくなっている気がします。

 たとえばファンが署名活動を起こしたとします。橋下氏はその署名に対しても『署名なんて、何の足しにもならない、署名した10万人が一人1万円づつでも出せばいい』などと豪語する方なわけで・・・、こういったデモンストレーションは殆ど効果は期待できません。 

 また、大阪維新の会のある議員のツイートには、大フィルのブログの記事について

『ブログで“公的助成がなければ健全な経営が困難”とあるが、そもそも誰にとっての健全な経営なのか不明確。大阪市民にとってどの程度の公共性があるのか?民間では当り前の需要と供給のバランス原理をフィルに当てはめることは無茶な話なのか?もっと突っ込んだ議論が必要』

 と述べています。

 オーケストラの運営には莫大なお金がかかります。例えば橋下氏が『文化』と認める、落語や漫才と比べると、元々かかっている経費が莫大で、一概に比較する事は困難。オーケストラ団員1人当たり年収400万円としても100人の団員を抱えれば、4億円必要になります。そこに会場借り上げや地方公演の楽器運搬費や旅費だけでも大変な額になります。チケットを売ったり宣伝広告したり、経費はどれだけ切りつめてもプラス数億円になるでしょう。
 その一方で年間の公演を100公演として(オーケストラは1公演のために2~3日リハーサルを行うため、開催数はどうしても限られてきます)、4000円のチケットを売っても大小さまざまなホールのキャパの8割の動員を毎回行ったとして平均1000人程度。主計して4億円。ようやく人件費がギリギリ賄えるかという額にしかならない。
 このようにオーケストラの運営自体が採算性に乏しい事業です。大口の民間スポンサーか、もしくは公的支援が無いと、経営は成り立たない。

 大フィルに出されている補助金額の1億1千万円は、一般市民の感覚からすると巨額に思えるかもしれませんが、次のデータを見てください。

日本オーケストラ連盟の「オーケストラの実績」2010年度(PDF)

 地方自治体からの支援金額を見てみると、石原都知事の元で補助金額が大幅に削減されたという東京都交響楽団は10億5千万円、近隣のオーケストラで言えば、京都市交響楽団は6億2千万円、 兵庫芸術文化センター管弦楽団が4億4千万円、大阪より規模の小さい広島市の広島交響楽団で2億2千万円、金沢市のオーケストラアンサンブル金沢で3億6千万円、など公的補助を受けながら運営されている。
 大阪フィルに対する自治体の補助が1億1千万円というのは、大変な経営努力をされているわけで、
よくこれだけの補助でこの実力を維持していけるな・・・というのが正直な感想。大阪の民間の力で支えられている楽団として褒められこそすれ、批判されるような状態でしょうか?

 維新の会の議員さんのツイートは確かに正論かもしれません・・・、ただし、世の中に採算性・経済合理性に叶わないものは、すべて潰れて良い。それが維新の会の理想とする社会だ!というのであれば・・・の話ですがね。


 少し話はそれますが、『補助金を「残してくれ」と言うなら受益者が金を出せ』、という詭弁は橋下さんが良く使う論法ですが、ここには個人責任と行政責任の視点しかない。社会的責任という概念が抜け落ちているんです。採算性や税金の使い道としての等価性の検証は必要ですが、全てをお金に兌換可能なものとして議論するのはいささか疑問を感じます。
 お金には兌換不可能な高い価値を有する無形物=大フィルで言えば朝比奈隆、大植英次と作ってきた65年の歴史はお金には代えられない。大阪フィルは何も行政が手厚く保護しているから生き残ったわけではない、朝比奈隆&大阪フィルは、大阪の戦後の民衆史・民俗史(敢えて「文化史」とは書きません)の中で、非常に重要な役割を演じ、大阪の人々の生活に溶け込んで都市とともに発展してきた存在。税金を貪る既得権益者のイメージからは全く程遠い存在です。それを『意味のわからないお金が出ている』というのは、あまりにも無知・暴論というほか無い。

 そんな生ける文化財と言えるものに対して、これは先人達が支えて作り上げてきた素晴らしい財産であるから、自分達の代で絶やさずに、次の代まで守り育てる、という社会的責任が大阪のトップに着く人には必要ではないでしょうか。
 そして、守り育てるだけではなく、
その強烈な個性と輝かしい歴史を引っ提げて、大阪という街のプレゼンスの強化に打って出るぐらいのバイタリティと戦略があってこその真の『改革』であると思います。そして大フィルは事実として、日本の楽団の中で最もレコード・CDが売れているオーケストラであり、星空コンサートや大阪クラシックなど、国内でも例を見ないイベントを成功させており、事務局さんが『大阪の成長戦略に、文化芸術の分野で確実に貢献できるスキルとノウハウを備えている』というのは、きちんとした裏づけがあって主張されていることです。

 僕は、以前ほど橋下氏の考え方を全否定している訳ではありません。18人に一人が生活保護受給者という悲惨な現状、大阪市役所の職員のモラルの低下はもはや末期的と言える状態。毒を持って毒を制する、では無いですが、橋下氏のような強権的な方法で、大掃除をやらねばならない、という市民の判断が下されたことは仕方が無い状況なのかなと。

 また、橋下氏が登場する前から、オーケストラの資金不足の問題は議論されてきたわけで、財政事情が悪化こそすれ好転する見込みのない現状においては、オーケストラに対する公的支援のあり方に対する議論は避けて通れない問題でしょう。
 それにしても、いきなり補助金をOにして、息の根を止めてしまうようなやり方には違和感を感じざるを得ません。たとえば、補助金額を段階的に減らしていく代わりに、こういった文化・芸術に関する事業に対して寄付をした市民・府民に対して、税制上の優遇措置の制度を整備していく、とか。
 その優遇措置も、現在の公益法人に対する優遇措置よりも突っ込んだ、所得控除ではなく税額控除を行うぐらうい思い切ったものにするべきでしょう。ある意味、税金の直接民主制を導入する。

 門外漢の私が、こういったことをこれ以上書いてもボロが出ますので(笑)、これぐらいで止めておきます。大フィルと大阪市民が築き上げてきた輝かしい歴史と、現在の素晴らしい音楽性が崩れ去ってしまうのを見るのは忍びない。ファンとして出来ることは、コンサートに足を運ぶこと、声を上げていくこと、わずかばかりの支援をすること、これぐらいしか無いのかもしれませんが・・・

 せめて『反橋下』の旗頭に祭り上げられるようなこともなく、大フィルの市や市民への貢献度などが冷静に議論される環境になることを願ってやみません。

 なんだか纏まりの無い、長々とした文章になってしまいました。


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ショスタコーヴィチ 交響曲第2番『10月革命に捧げる』 キタエンコ&ケルン・ギュルツェニヒ管 [クラシック音盤感想]

 今回紹介するのもSACDです。カプリッチョから出ているキタエンコ指揮、ケルン・ギュルツェニッヒ管による、ショスタコーヴィチ、交響曲全集。NMLで音源は全曲聴くことが出来ます。じゃあ、なんでわざわざ全集を買ったのか?というと、ショスタコーヴィチの交響曲の全曲を、SACDの素晴らしい音質で堪能したかったから。
 このコンビの演奏が素晴らしい事はNMLで確認済み。しかもSACD12枚入って、HMVのマルチバイで1390円という嘘みたいな値段でディスカウントして売られていて、こりゃあもう買うしか無いやん(笑)という状況でした。
 ※本エントリーをアップする直前に確認すると、既に完売していました

Die Symphonien (Hybr)

Die Symphonien (Hybr)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Capriccio
  • 発売日: 2000/01/01
  • メディア: CD

 まだ、2枚しか聴いていないんですが、やっぱりSACDの臨場感・楽器の音のリアル感は素晴らしいものでした。

 さて、その中でこの2番です。この曲、わずか20分しかないんですが、ウルトラ対位法あり、合唱あり、そしてサイレンなんかも出てきたりして(なんかこのサイレンが『空襲警報発令!』みたいなサイレンで、ちょっと怖いんだよなあ)、あっという間に終わってしまう一方で、聴いた後は1時間の交響曲を聴いた後のような充実感がある。
 19歳で作曲されたという1番交響曲も、既にショスタコーヴィチの作風が確立されているような凄い作品ですが、この2番を聴くと、ショスタコーヴィチがこのロシア・アバンギャルドの方向性のまま作曲を続けていたら、世界の音楽シーンはどうなっていたんだろうかと考えてしまう。少なくとも、5番のような曲は書かれなかったかと・・・。

 やはりSACDの録音の威力は絶大で、ウルトラ対位法の場面では一つ一つの楽器の旋律が複雑に入り組んでいながらも、いずれもクリアに聴こえてきます。ただ、自分が音楽をちゃんと追えているか・・・というのは鑑賞者の能力の範疇に入り、そこは心もとないんですが・・・。ギュルツェニヒ管も万全の演奏。これ、同じくケルンのバルシャイ&放送響の演奏を凌駕するんじゃなかろうか。さすがに歌劇場のオケだけあって、表現の抑揚の取り方、劇的さは見事。合唱の部分などはちょっと鳥肌が立ちます。合唱がいったん休止して、金管のファンファーレの場面に、交響曲第12番と同じモチーフが出てきますね。これって、なにか意味があるのかな?まだまだ不勉強です・・・


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岡山大学交響楽団第58回定期演奏会 [コンサート感想]

岡山大学交響楽団第58回定期演奏会

ニコライ/喜歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲※(1)
保科 洋/管弦楽のための変奏曲※(2)
サン=サーンス/交響曲第3番「オルガン付」※(2)

指揮:保科洋※(2)  秋山隆※(1)
12月3日(土) 岡山シンフォニーホール

 学生オーケストラの演奏会を聴きに行く楽しみは色々ありますが、学年によってカラーが変わることも一つの愉しみ。そして、夏に開催されるサマーコンサートからの成長を見守るのも楽しみです。

 自分はサマーコンサートには行けなかったが、京大とのジョイント・コンサートは聴いていて、今年の学年はレベルが高いという印象がある。そして、コンサートミストレスを筆頭に、女子の存在感が強い女系学年だという事。特に殆ど女子ばかりというホルン・パートの見事な演奏にほれぼれし、最上階のど真ん中のティンパニに鎮座する大変かわいらしい女子が、腹にズドンとくる見事な打撃音を放っていて、これがもう爽快でした。

 お客さんの入りは、1,2階席は満員!学生や団員のご家族だけでなく、特にご高齢のお客さんや子供づれのご家族が沢山詰め掛けていましたね。

 1曲目は「ウィンザーの陽気な女房たち」。秋山先生のタクトに必死に食らいついて行くが、良くも悪くもこれが下級生の実力。これが在学中に、このあとの2曲のように演奏できるようになるのだから、本当に若さというのは凄い事をやってのけるものですね。秋山先生が「1」と指さして、起立した1年生が4年生になる61回定期でどんな演奏を聴かせてくれるのか、楽しみにしています。

 保科先生の『管弦楽のための協奏曲』。演奏の完成度ではこの日一番だったと思います。使い古された表現で恐縮ですが、この曲は本当に『珠玉の名曲』と思う。ぜひ、プロのオーケストラでも取り上げてもらいたい(岡フィルさん、よろしく)。この曲は保科先生の親友である、作曲家の兼田敏氏(2002年死去)が大病に侵されていた時に、その回復への祈りをこの曲に託したそうです。人生で最も大切な人を失なおうとしている時の理不尽さ、怒り、悲しみ、様々な感情が表現されている。

 岡大オケは本当に周到な準備と万全の演奏で応えていました。作曲者自らの指揮でこれほどの名曲を演奏できる幸せな経験は(練習は苦しかったでしょうが)、生涯の財産になるでしょうね。流石に保科&岡大オケはこの岡山シンフォニーホールを熟知していて、このホールの残響をこれほどうまく使った演奏は無いんじゃなかろうか? トッティーの美しい『保科』和音がホールの残響に消えていく瞬間に鳥肌が立つような演奏でした。

 2年前に保科アカデミー室内管弦楽団で演奏された音源へのリンク。本当にいい曲だなあ~

 メインはサン=サーンスのオルガン付き。この曲の生演奏は5回目(ツイッターで4回目と書きましたが、数え間違えてました・・)。自分は岡大オケでも一度聴いています。58年もの歴史があると、過去と同じプログラムになる事はよくある事だと思いますが、メンバーがすっかり入れ替わってるのに、やはり岡大オケの音が引き継がれていて、そして先輩の演奏を超えてゆく・・・というのは本当に感動的な営みです。
 第1楽章第1部は弦楽器泣かせで、16分音符の弦の細かい動きが延々と続きます。この曲の舞曲的な要素が上手く表現されていて、特に後半にピークを持ってくるドラマティックな演奏には圧倒されました(保科先生のエネルギーがほとばしっていました)。
 第2部は想像以上に聴かせる名演奏だった。シンフォニーホールの電子オルガンのセッティングが秀逸で、第2楽章第2部も含めて、パイプオルガンにかなり近い壮麗な音が鳴り響きました。
 第2楽章に入って第1部、ここも非常に難しい部分だと思いますが、高い集中力で乗り切り、そしていよいよ第2楽章第2部。 やはりここはカッコいい。この楽章がやりたくて、選曲したんだろうなあ、という事が良く解る舞台上の雰囲気でした。
 オルガンの重厚な主題の後の、天国的な美しさは本当に素晴らしかった!エキストラのピアノ連弾も良かったですね。中間部のフーガでは聴いてる人間が思わず体を動かしたくなるような衝動を押さえるのが大変だった。この曲全体を貫く舞曲的性格は最後まで表現されていて、思えば「ウィンザー~」も保科先生の作品も、舞曲的な部分がある。アンコールはラヴェルは古風なメヌエットだったし、非常に洒落たプログラムだったなあ。
 サン=サーンスの最後の和音が、時を惜しむように長く鳴り響き、こっちまで感極まりそうになった。 トッププルトの男の子、保科先生から花束を渡されて、感極まって泣いてたなあ。おじさんまで貰い泣きをしてしまいましたよ。


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